
文 中丸美繪(ノンフィクション作家)
戦後の日本音楽界に相次いで現れた神童や天才と呼ばれる子供達。その背景には「子供のための音楽教室」創設者の一人であり、指揮者・チェロ奏者の斎藤秀雄(1902~74)の存在があった。
父は明治の英語導入期に『実用英文典』を著し、日本の英語教育の形式を決定づけた斎藤秀三郎である。学者の家に育ったが、斎藤は中学時代にマンドリン演奏に熱中して作曲・指揮まで始め、16歳で初めてチェロに触れ魅せられた。西洋音楽への傾倒やみがたく特権的な二度の渡独を果たし、世界的チェロ奏者フォイアマンらに師事、本格的奏法を学んで帰国すると、創立直後の日本初のプロ・オーケストラ、新交響楽団(現・N響)の首席チェロ奏者となった。
斎藤は本場の音楽を日本に根付かせようとの使命感に溢れ、同僚らにレッスンをつけ、タクトも握るようになっていった。しかし、当時のオーケストラは音楽大学卒業者で構成されていたわけでなく、愛好家や軍楽隊出身者らで、「“指揮がわからねえ、半音くらいマケとけ”と言い返し、初見で本番に臨むような烏合の衆」と、N響OBは嗤って回想したものである。
斎藤は普段はユーモアもあるのに、音楽では一切の妥協を許さなかった。欧州の水準を迫って譜面台を叩き、焦りのために怒声を発し始めると、次第に楽員との乖離は大きくなった。一部の心酔者はいたが、退団を迫る署名簿を突きつけられ、止むなく涙をのんで退いた。
その後、他楽団での指揮や「オーケストラの演奏向上は室内楽から」との理念で室内楽活動もしたが、日中戦争は太平洋戦争へと拡大していた。演奏会はなくなり、斎藤は楽員に理解しやすい指揮の研究にのめり込んでいった。
指揮は7つの基本運動に分析できる。階段を上がる時、人は自然に足を上げる。指揮も同様に自然に、言葉なしに意図が伝わるべきだ。こうして段階的に基本型を組み合わせ、弦楽器の弓のようなしなやかな動きを習得する世界初の著書『指揮法教程』が10年の歳月をかけて誕生する。
戦況悪化の中で、斎藤の眼はすでに戦後を見据えていた。早期教育を始める必要がある! 留学の経験から晩学では世界水準になれないと痛感していたからだ。古今の名演奏家たちは必ず幼少から稽古を始め、楽々と技術を獲得し音楽の高みへ到達しているのである。
焼け野原となってまだ掘立て小屋の並ぶ東京で1948年、斎藤はピアニスト井口基成(1904~84)らと語らって「子供のための音楽教室」を設立した。明治以来の教育を補う聴音やソルフェージュ、そして合奏が眼目である。4歳から小学6年までの30人が入室し、その合奏がラジオで全国放送されると、「トンビが鷹を生む」の新聞連載が始まるほどの反響を呼んだ。翌年からは演奏旅行が開かれ、会場には「天才少年少女来たる」の看板が立てられた。彼らが各種音楽コンクールで優勝を重ねると、受け皿として‘ 52年には桐朋学園に音楽科が創設された。
オーケストラは弦楽科必修授業である。遅刻は徹底的に戒められ「親の葬式」か「38度以上の発熱」でしか欠席できない。一人欠ければ音楽は成立しないからである。プロ演奏家の心得を学ばせ、一曲に半年をかけて鍛える。それには子供達が練習のたびに喜びと感動を覚え、音楽の語法も学べる楽曲が必要だった。
それが《バッハ:シャコンヌ》である。バッハは音楽の起点であり、この曲は一挺のバイオリンで4声部に及ぶ多声的音楽を構築している。斎藤はそれを弦楽器群に割り振り、構造や対位法を際立たせ厚みを加えて緻密に再構築した。また、絶賛された授業「演奏解釈」では、国別に言語が在るように文化圏や作曲家ごとに独自の語法があることを伝授した。これは本国では体系的に教えない英文法を、日本人向けに解析した父同様の手法だった。
「音楽を日本の輸出産業にするのだ」と豪語し、営業活動として北米や2ヶ月の欧州旅行も決行し絶賛された。門下生はベルリン・フィルのコンサートマスターを始め、世界各地へ羽ばたいていった。
「10年経ったら帰っておいで」と海外で学んだ事を持ち帰って次世代に繋ぐよう申し渡された「使徒」達もいる。
その代表格が卒業翌年に本団初代音楽監督となり、国内オケの要職を多数務めた秋山和慶。斎藤自身、1951~53年に本団常任指揮者、58~59年には指揮者を務め、秋山にはシェフの心得も叩きこんでいた。秋山は海外で頭角を現すとベルリン・フィルから3度にわたって客演依頼があったが、定期演奏会が決定していたから断った。シェフとして当然と言い切っていた。
今、東京は世界で最も多くオーケストラを有する音楽都市である。日本の音楽教育に西洋音楽が導入されて150年。類い稀な音楽教育家・斎藤秀雄が逝って半世紀余りが経つ。
中丸美繪(なかまるよしえ)
ノンフィクション作家。著書に『レジェンドとなった教育家—斎藤秀雄』『タクトは踊る 風雲児小澤征爾の生涯』『オーケストラ、それは我なり 朝比奈隆四つの試練』他。


●第746回 定期演奏会
2026年10月11日(日) 14:00 サントリーホール
●横須賀特別演奏会
2026年10月12日(月・祝) 14:00 よこすか芸術劇場
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
J.S.バッハ(齋藤秀雄編):シャコンヌ
ショスタコーヴィチ:交響曲 第10番 ホ短調 op.93
※途中休憩なし