＜曲目＞
ラヴェル：スペイン狂詩曲
ジャレル：クラリネット協奏曲「Passages」（スイス・ロマンド管弦楽団／トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団／東京交響楽団／サンパウロ州立交響楽団による共同委嘱作品・日本初演）
デュリュフレ：レクイエム op.9
私たちの人生の大半は、実は「時間」と向き合うことに費やされ、「時間」にまつわる体験が真実ではないと、それを知りたいと願うことに費やされているのだと思うようになりました。時間は、直線的なものでも、時系列的なものでも、始まりと必然的な終わりがあるものでもなく、 私たちは時間を超越することができ、そして永遠とつながることができるのです。
音楽は、時間とは実に変幻自在なものである、ということを私たちに垣間見せてくれます。
私は、ゲルマン（ドイツ）音楽の強みは、時間は直線的に進んでいくものだという概念にあると、考えるようになりました。時間は”この世界”のものであり、”次の世界”を伝えるものであるという概念です。その美しさは、最初の音がはじまり、最後の音までの間に、私たちにおこる成長、理解や変化の中にあらわれます。
フランス音楽の美しさは、それとは完全に真逆にあります。人生には旅もなければ、知恵をさずける寓話もない。しかし、作品が時間的にながれる間、私たちは「永遠」へと近づくことを許されているのです。
ラヴェル（スペイン狂詩曲）は決して「打ち上げ花火」のような作品ではありません。東京からの帰路、私は目を閉じて2回続けてこの曲を聴きました。1回目が終わったとき、私は憂鬱でした。別れの切なさを歌っているように思えたからです。しかし2回目には、計り知れない前向きな喜びに満たされていました。何がこのような変化をもたらしたのかはわかりません。
デュリュフレのレクイエムは、大学時代18歳の歌手として過ごした私の人生の一部です。最初の１音が鳴った瞬間当時に戻って、危険なことに、衰えや人生のはかなさを感じます。このレクイエムはグレゴリオ聖歌の旋律に基づいていますが、私がもっと若いころ、初めてフォーレのレクイエムに出会った少年合唱団の頃の経験がよみがえります。
ジャレルは、まさに今、この時代の作品。協奏曲の主人公は明確で、現在の時間についてを語ります。まるで結晶構造の中の原子のような、音のスケールに基づく部分があり、その周りでは一見即興的にみえる音符のかたまり——積み木や生命の周りを飛び交う電子、蛍、ある種のエネルギーフィールド（エネルギー体）——が広がっています。
別のセクションでは、そのエネルギーフィールドが前面に押し出され、音符の連鎖がこの結晶構造を背景へと押しやるのです。
デュリュフレのレクイエムでは、時間がある一点（ある意味では明らかに、レクイエムが捧げられる人物の人生の中心）から発せられ、あらゆる方向に広がっていることを私たちに示してくれます。（この作品は）音楽や私たちの音楽体験が、「時間」という避けられない直線性に縛られているわけではないことを、確かに示してくれています。
今回のプログラムは、「始まり」と「終わり」のある旅、ではないかもしれません。もしかすると私自身が、人生の終わりに「さようなら」を言うときにおこりがちな悲しみを打ち消すために、これらの曲を選んだのかもしれません。あるいは「時間」が円のようにめぐる球体であることを、自分自身に証明したかったかもしれません。
この演奏会から、みなさんが個人的に何を受けとるとしても、私はそれを共有できることをとても嬉しく思います。
音楽監督ジョナサン・ノット
●第726回 定期演奏会
2024年11月9日（土）18:00 サントリーホール
●名曲全集 第201回
2024年11月10日（日）14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮：ジョナサン・ノット
クラリネット：マルティン・フレスト
メゾソプラノ：中島郁子
バリトン：青山貴
合唱：東響コーラス
合唱指揮：福島章恭
ラヴェル：スペイン狂詩曲
ジャレル：クラリネット協奏曲「Passages」
（スイス・ロマンド管弦楽団／トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団／東京交響楽団／サンパウロ州立交響楽団による共同委嘱作品・日本初演）
デュリュフレ：レクイエム op.9