東京交響楽団

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特集:ユベール・スダーンと東京交響楽団|12/16定期・17川崎定期

2022年11月



ユベール・スダーンと東京交響楽団



ほんの気持ち前かがみになり、伸ばした両腕を、小気味よく、時に烈しく動かす。楽想の峰や頂では上体が開く。この人はずっと前から指揮台も指揮棒も使わない。スコア、奏法を研究し尽くした上で、目指すべき音楽に向かってひたむきに振る。77歳だが、経歴、名声に頼らない。



古典の様式美にもロマン派の息吹にも一家言ある硬派熱血漢の桂冠指揮者ユベール・スダーン(1946年3月オランダ、マーストリヒト生まれ)が、愛してやまない作品を携え東京交響楽団のステージに帰って来る。



東響とCDも制作したマーラー編曲(校訂)のシューマン「春」、それに近年大人気を誇るシェーンベルク編曲のブラームス/ピアノ四重奏曲第1番とは、ほほ緩む選曲だ。2009年の陽春から2010年の春にかけて、スダーンと東響が奏でた“マーラー編曲版シューマン交響曲チクルス、ブラームス添え”(正式シリーズ名に勝手に加筆)を思い出す。



今回も凝っている。ドイツ語の詩と呼応した「春」冒頭のファンファーレから、管弦打楽器の「響宴」が熱狂を招くシェーンベルク編のジプシー風ロンドまで、聴きどころは尽きない。



今度のコンサートは、ブラームスの「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」とシューマンの「ライン」をメインとした昨年11月の東京オペラシティシリーズ/新潟定期演奏会の楽しみな続編ですね、という声も聞こえてくる。



時空をひらりと超える。シェーンベルクと言えば、2011年11月のモノオペラ「期待」も好ましい話題を呼んだ。「期待」はヴェネツィア・フェニーチェ歌劇場でも指揮した十八番だった。2005年5月「トゥーランドット」ベリオ補筆版と2006年5月新国立劇場での「皇帝ティトの慈悲」もスダーンと東響の財産である。



2006年5月



2006年5月 二期会「皇帝ティトの慈悲」(新国立劇場)Ⓒ高島ちぐさ



表現したいことが多く、それがあの「手さばき」にも現れるスダーンは2004年9月、武満徹の「ア・ウェイ・アローンⅡ」とベートーヴェンの交響曲第9番を指揮して東響第2代音楽監督に就任し、2014年3月、「皇帝」とシューベルトの交響曲第2番のプログラムで音楽監督のポストを満了した。就任前も退任直後も普通に指揮しているので、前述の年月はまあ便宜的なものだが、10年という彼が望んだ任期中に、東響がウィーン古典派、ドイツ・ロマン派の調べを仲立ちに鍛えられ、高みを目指すようになったことはあらためて申すまでもない。



第9のCD解説を書く際に話を聞いた。取材メモを引っ張り出す。「(就任前の)2003年7月に指揮したベートーヴェンの交響曲第7番が良かった。東響とはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブルックナーを演奏したい。でも私は新ウィーン楽派、ルーセル、オネゲル、ブーレーズも好きだ。オペラもやりたい」。



当時のマエストロは、私のことをドイツ語が少し出来る東響の広報スタッフと思っていたようで(それはそれで嬉しい)、インタヴューの途中から同席した楽団幹部スタッフに「この人は、ムジークフェライン(ウィーン楽友協会)で、私が指揮したブルックナーやオネゲルの『ダヴィデ王』を聴いている。いい人を雇いましたね」と嬉しそうに話すのだった。



CDリリース後、東響をずっと応援していたチェスキーナ永江洋子さん(1932~2015)から国際電話があった。

「第9聴きました。東響はいい指揮者を見つけましたね。ユベール・スダーンさんは今もイタリアに住んでいるのかしら」



2004年9月



2004年9月 川崎プレ定期演奏会 第1回での「第九」(ミューザ川崎シンフォニーホール)



いっぽう2014年3月定期演奏会のメインは、2008年/ 09年の<シューベルト・チクルス>で圧巻の出来栄えを示した交響曲第2番だった。公演直前に急逝した東響の若きチェリスト井伊準氏(栄誉団員)に捧げるマエストロの心のこもった言葉とロザムンデ」間奏曲が今も脳裏に響く。



名匠秋山和慶(1941年1月生まれ)とともに東京交響楽団の桂冠指揮者に叙せられているユベール・スダーンは1997年11月、東京交響楽団と出逢った。51歳だった。再客演、再々客演が続くなかで、オーケストラにとっても聴き手にとっても、鮮烈な音像と構築性をあわせもつドイツ・オーストリアの逸品たち、それに奇をてらわないブルックナーが楽しみになってゆく。



音楽監督就任後は、アンサンブルの縦の線をきっちり整えただけではどうにもならない交響曲で成果を挙げた。前述のように、得点の稼ぎにくいシューベルトの初期交響曲で魅せた。驚がくの転調と執拗な繰り返しを音楽的に生かした演奏に喝采が送られる。ブルックナーは2009年3月にミューザ川崎シンフォニーホールでセッション録音された壮大な交響曲第7番で、ひとつの頂点を築く。



夏のザルツブルク音楽祭の名物企画モーツァルト・マチネの美学を、ミューザ川崎シンフォニーホールと兵庫県立芸術文化センター/同管弦楽団に授けたのも、2004年までザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の首席指揮者を務めたユベール・スダーンの功績である。コロナ禍の日本のオーケストラに手を差し伸べたことも記しておきたい。



東響/東京以外からのオファーも多い職人肌のマエストロ。2023年を締めくくる定期に、さあ登場だ。



奥田佳道(音楽評論家)



チラシ



第717回 定期演奏会

2023年12月16日(土)18:00開演(17:15開場)

サントリーホール



川崎定期演奏会 第94回

2023年12月17日(日)14:00開演(13:15開場)

ミューザ川崎シンフォニーホール



指揮=ユベール・スダーン



シューマン:交響曲 第1番 変ロ長調 op.38 「春」 (マーラー版)

ブラームス/シェーンベルク編:ピアノ四重奏曲 第1番



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