バッハトラック誌「世界で最も演奏された現代作曲家」では第8位に選出され、2023年8月時点で既に約150公演での演奏が予定されている、今最も人気の作曲家の一人、アンナ・クライン。
長年カブリロ現代音楽祭のエグゼクティブ・ディレクターを務めたEllen Primack氏が「退職祝いのプレゼントにはアンナ・クラインの作品がほしい」と答えるなど、欧米を中心に圧倒的な注目と、2日に1回は演奏されるほどの人気を集めているが、まだ日本での演奏機会は少なく、昨年BBC交響楽団が来日公演で2作品を演奏したのみ。今回が3回目のお披露目、日本のオーケストラとしては初めての演奏となる。
「作曲家になろうと思ったのはいつ?」とよく聞かれます。2008年、母が突然亡くなったことは、私の音楽人生の中で決定的となった瞬間でした。
当時の私は、どちらかと言えばカオスで、激動的で、エネルギッシュな作品を書いていました。母が亡くなったという知らせは、私自身の音楽の世界を振り返る機会となったのです。私は強い感情を処理するため、そして失ったものとの繋がりを持つために音楽に目を向けました。音楽でつながりを生み出すことは、素晴らしく美しい。このことに気がついたとき、私は作曲家であることを自覚したのだと思います。作曲こそ私が人生の大きな試練に対処する方法なんだ、と。自分の直感と音楽を信じて、この世界に飛び込んでいく自信を与えてくれました。
私はロンドン出身、オックスフォードのアビントンで育ちました。18歳でエジンバラに引っ越し、その後ニューヨークへ。そして最近、州北部のハドソンバレーのニューポートに引っ越しました。オーディオ・エンジニアの夫と、犬のペニーと暮らしています。作曲はとても孤独な作業。ここにくる前は「ニューヨークを離れたら、糧にするエネルギーがなくなるのでは」と心配していましたが、この平和で静かな空間は信じられないほどのインスピレーションを与えてくれます。
もともとクラシック音楽のある家庭で育ったわけではありませんでした。フリートウッド・マックやダイアー・ストレイツ、デヴィッド・ボウイなどのロックシンガーから、エラ・フィッツジェラルドのようなジャズシンガーまで、ポップミュージックやフォークをたくさん聴いていました。メロディーのセンスは、今の私の音楽の中に確かに残っています。加えて、自身で“演奏する”という経験は、より幅広い世界、特にクラシック音楽の世界へと導いてくれました。
私が7歳のとき、家族の友人たちが、鍵盤の欠けたピアノをプレゼントしてくれました。ピアノを習い始めてからは、足りない鍵盤を避けながら作曲をして遊んでいました。親友がフルートを吹いていたので、ピアノとフルートのための曲を書いたりもしました。それから数年後、私のメイン楽器となるチェロを始め、バッハのチェロ組曲など、クラシックのレパートリーに夢中になり、オーケストラで演奏する機会にも恵まれました。初めてラヴェル編曲の《展覧会の絵》を演奏したことは忘れられません。美しい音の世界の中心に身を置いて、心が洗われました。これらの経験で、オーケストラを違った角度、違った視点からみて作曲できるようになったのだと思います。
私の作曲は、生演奏のミュージシャンと収録音とをスタジオで組み合わせて加工する「Electroacoustic Composition(電子音響)」が基盤となっています。こういった電子的なプロセスをオーケストレーションに取り入れ始めたのは、20代のころ。例えば、ある特定の音を取り出し、引き伸ばすことで、ビートルズのレコーディングやエレクトロニック・ミュージックの多くで聴かれるようなサウンドをつくることもできます。アップボウのジェスチャーや音楽を遅くすることをとても簡単に再現できますし、実際に残響をつくり上げることもできます。こういった電子的なプロセスをオーケストラの世界に取り入れるのが好きなのです。
どんな作曲方法にも、それぞれ課題はあると思います。ですが、スタート地点は常に「何を言おうとしているのか」そして「構成はどうなっているのか」。私はいつもピアノで、メロディーや和声進行を見つけることから始めます。
他分野のアーティストとコラボレーションが作曲のインスピレーションとなることも多くあります。たとえば振付師と仕事をすれば、コンセプトについて話し合ったり、ダンス映像をみたり、私もデモを作って共有したり。そういったプロセスによって、相乗効果や流れが生まれることはとても楽しいですし、刺激になります。ですが、作曲家は一人で作品と向き合わなければいけない時も多くあります。インスピレーションの源として、文学に目を向けることもあります。ほかにも、『Night Ferry』という曲の着想は暗い乱流の波の映像で、心の乱れと自然の乱れを探求する作品なのです。
オーケストラ作品を書くときには、考慮しなければならない要素がたくさんあります。私たちは、実際にオーケストラに演奏してもらって初めてその響きを聴くことができるのです。曲を書き、命が吹き込まれるのを聴き、演奏家からフィードバックを受ける、あの感覚に勝るものはありません。
私は、最初のリハーサルと初演の後に修正を加えます。ですが、2回、3回と改訂した後は、曲をそのままにしておくことにしています。慢性的に修正してしまう可能性もありますし、それは不自由なことだと思うのです。うまくいったことだけでなく、うまくいかなかったこと、学んだ経験を、次の作品にポジティヴに生かすようにしています。
作曲家としてのクリエイティブな生活には、厳しいギャップがあります。私たちはとても孤独な環境で創作を行い、突然オーケストラのリハーサルで100人以上の音楽家によって、自分の音楽に命が吹き込まれるのです。自分が想像していたものがリアルタイムで現実のものとなる、信じられないような経験です。どう動くのか全くわからない世界なので、かなり神経をすり減らしますが、そういう“サスペンス”が私は好きなのです。音楽に命を吹き込むことに集中している素晴らしい音楽家と、この瞬間をともにできることは大きな特権です。作曲は、最初から最後まで素晴らしい音楽の旅なのです。
引用:Philharmonia Orchestra Official Youtube 協力:Rebecca Driver Media Relations
今、最も注目される作曲家の一人。Bachtrack社による「世界で最も演奏された現代作曲家」第8位、「2022年に最も演奏されたイギリス人女性作曲家」第1位に選出。
バービカンセンター、カーネギーホール、ケネディセンター、ロサンゼルス・フィル、MoMA、パリ管、ロイヤル・コンセルトヘボウ管など、世界中のホール・オーケストラからの委嘱を受け、エディンバラ国際フェスティバル、BBCプロムス最終夜、ニューヨーク・フィルの新シーズン等でオープニングを飾っている。
2023年よりヘルシンキ・フィル管コンポーザー・イン・レジデンス、カスティーリャ・イ・レオン響アーティスト・イン・レジデンスを務める。2015年グラミー賞にノミネート。チェロ協奏曲「DANCE」がSpotifyで1000万回再生を突破。
●東京オペラシティシリーズ 第134回
2023年9月30日(土)14:00開演(13:15開場)
東京オペラシティコンサートホール
指揮=アンガス・ウェブスター
コントラルト=ジェス・ダンディ
アンナ・クライン:彼女の腕の中で(日本初演)
エルガー:海の絵 op.37
ブラームス:交響曲 第4番 ホ短調 op.98