東京交響楽団

  • トップ
  • お知らせ一覧
  • エッセイ:民話バレエ「火の鳥」の変遷 −世界に羽ばたく組曲へ/演奏会プログラムSymphony6月号掲載

MEDIA

エッセイ:民話バレエ「火の鳥」の変遷 −世界に羽ばたく組曲へ/演奏会プログラムSymphony6月号掲載

4月川崎定期にてリオネル・ブランギエと、6月の定期演奏会ではイオン・マリンとともに演奏する「火の鳥」。公演に先駆けて、プログラム冊子「Symphony6月号」に掲載されるエッセイを、WEBにて先行公開いたします。



 



火の鳥



民話バレエ「火の鳥」の変遷 ーー世界に羽ばたく組曲へ



平野恵美子(ロシア芸術文化研究)



 イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971)の父親フョードルは、ロシア帝室マリインスキー劇場のオペラ歌手だった。母親もアマチュア歌手で、幼いころから音楽に親しんで育った。長じてはリムスキー=コルサコフに師事した。1909年に「幻想的スケルツォ」がサンクトペテルブルクで初演された時、「バレエ・リュス」を率いたセルゲイ・ディアギレフに見出されたという。なお、ストラヴィンスキーの自伝では「花火」も同時に初演されたことになっているが、間違いである。「花火」の初演は1910年で、「火の鳥」の作曲に既に着手していた。ただし、ディアギレフはそれ以前に私的な演奏で「花火」を聞いたのかもしれない。



 ロシア人貴族で興行家のディアギレフは、1907年と1908年にパリでロシア音楽祭を成功させた。1909年にはバレエを中心としたパリ公演で大きな評判を呼び、「バレエ・リュス」(フランス語で「ロシアのバレエ」の意)として知られるようになった。だが、1909年の上演作品にロシアをテーマにしたバレエはなかった。そもそもそれ以前に、ロシア民話に題材を採ったバレエで優れた作品は無いとディアギレフと友人たちは考えていた。ロシア帝室バレエを指導していたのはフランス人のバレエ・マスターで、ロシア民衆文化に対する理解は浅かった。チャイコフスキー作曲の三大バレエ*¹ の舞台は、ロシアではないヨーロッパである。「せむしの小馬」はロシアの観衆に人気があったが、ロシア民話の内容とかけ離れたバレエで、ディアギレフのブレーンで画家のアレクサンドル・ブノワは非常に不満だった。



 1909年のパリ公演の成功は、西欧の観客にもロシアの芸術家たちにも、ロシアを主題にした本格的なバレエを観たい、という気持ちを一層高めた。「バレエ・リュス」は、美術や舞踊の面では革新的だったが、音楽はやや前時代的だった。ディアギレフは20世紀的な新しい才能を求めていた。そこで白羽の矢が立ったのが、ストラヴィンスキーだった。実際にはチェレプニン、グラズノフ、ソコロフらの起用も考えていたようだが、実現には至らなかった。「火の鳥」は1910年に初演され、大きな人気を博した。実際「火の鳥」はロシア民謡の旋律を取り入れつつ、それ以前の情感的なバレエ音楽とは全く違っていて、現代的だった。ストラヴィンスキーはその後、「ペトルーシュカ」(1911)、「春の祭典」(1913)も作曲し、初期バレエ・リュスの「ロシア三部作」として有名になった。「火の鳥」初演の指揮は、ガブリエル・ピエルネが行なった。ストラヴィンスキーは自伝の中でピエルネの熟達さに対して、感謝の言葉を述べている。しかし作曲者自身は、バレエ版を指揮することはなかった。



初演の様子



「火の鳥」初演時に主役を演じたT・カルサヴィナ(火の鳥)とA・ボルム(イヴァン王子)

写真提供:兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション



 ストラヴィンスキーは、演奏会用の「火の鳥」組曲を3回作っている。



 1911年版と呼ばれるものは全曲版からの抜粋で、1910年10月23日(ロシア旧暦)にA・ジロティが指揮してサンクトペテルブルクで初演され、1912年にユルゲンソン社から出版された。火の鳥が登場する情景の後、ロシア語で「ホロヴォード」という輪になって踊る「王女たちのロンド」の美しい旋律から、一転して魔王カスチェイの激しい「凶悪な踊り」でフィニッシュを迎える。バンダが省略されているが三管編成で、全曲版と大きな違いはない。



 その後、妻の結核療養のためにスイスに滞在している間に、ロシア革命、第一次世界大戦が勃発した。ストラヴィンスキーは故国に所有していた財産を失い、またベルリンにあった出版社からの印税収入も見込めなくなってしまった。自身もスペイン風邪に罹患するなど、精神的にも経済的にも苦しい経験をしていた。戦後の疲弊した状況でも小編成のオーケストラが演奏できて、作曲者も収入が得られるように、規模を縮小した版をチェスター社から出版する。ストラヴィンスキーは自伝の中でその理由を次のように述べている。



「この曲を演奏したいのだが物質的な困難のためにできないでいた多くのオーケストラに、その上演を容易にするためでもあった。」*²



 その頃、同様に少人数で上演できる朗読付き音楽劇「兵士の物語」も書かれている。「火の鳥」の1919年版組曲は、1911年版から「火の鳥の嘆願」「黄金の実と戯れる王女たち」がカットされ、「魔王カスチェイの凶悪な踊り」の後に、全曲版の「子守歌」「終曲」が再度追加されている。二管編成で、4月12日、バレエ・リュスと縁の深い指揮者エルネスト・アンセルメによって、ジュネーヴで初演された。なお、1919年版の最初のスコアには間違いが多くあり、1985年になってようやく直された。



 1945年、米国籍取得の直前、ストラヴィンスキーは北米のリーズ音楽出版社から、初期の三つのバレエ曲の、米国における著作権再取得の話を持ちかけられた。作曲者はこれに応じ、新たな編曲に取り組んだ。楽器の編成は1919年版とほぼ同じだが、曲の構成は「火の鳥とイヴァン王子のパ・ド・ドゥ」「スケルツォ(王女たちの踊り)」、短長三つの「パントマイム」が再追加された。四半世紀が経って作風も変わり、曲の長さやオーケストレーションに変化が見られ、特に「終曲」における印象が異なっている。10月24日ニューヨークで、J・ホレンシュタインの指揮で初演された。また、1945年版の最初のレコーディングは、1947年に作曲者自身の指揮により、ニューヨーク・フィルハーモニック・シンフォニーの演奏でコロムビア・レコードから世に出た。



*1:チャイコフスキー作曲の三大バレエ:《白鳥の湖》《眠れる森の美女》《くるみ割り人形》

*2:『ストラヴィンスキー自伝』全音楽譜出版社(1981)、107頁。



 



チラシ



東京オペラシティシリーズ 第126回

2022年4月23日(土)14:00開演(13:15開場)

オペラシティコンサートホール



川崎定期演奏会 第85回

2022年4月24日(日)14:00開演(13:15開場)

ミューザ川崎シンフォニーホール



指揮=リオネル・ブランギエ

ピアノ=リーズ・ドゥ・ラ・サール



サロネン:ヘリックス

ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調

ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ

ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」(1919年版)



[4/23]チケット購入  公演詳細

[4/24]チケット購入  公演詳細



 



第700回定期演奏会チラシ



第700回 定期演奏会

2022年6月25日(土)18:00開演(17:15開場)

サントリーホール



指揮=イオン・マリン



チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 op.36

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」(1910年版)



チケット購入  公演詳細