
Johannes Brahms × Antonín Dvořák
文 西原稔(音楽評論家)
ブラームスはドヴォルザークの才能に深い共感を覚えるだけではなく、自身の音楽の後継者として彼をみていた。それはブラームスが一時、自身の遺産をドヴォルザークに遺贈することを考えていたことにも示されている。
ブラームスとの出会い 創作への影響
ブラームスがドヴォルザークを知ったのは、オーストリア国家奨学金に応募したドヴォルザークの作品を審査したことに遡る。1875年3月からブラームスは国家奨学金の審査員をつとめることになる。このとき提出されたのは《モラヴィアニ重唱曲》作品20である。民謡を深く愛好するブラームスはこの作品を高く評価し、国家奨学金受給者としてドヴォルザークを推挙するとともに、出版社のジムロックに対して楽譜出版の仲介の労をとった。この時の手紙には「ドヴォルザークはオペラ、交響曲、弦楽四重奏曲、ピアノ曲などを作曲しています。とにかく彼はとても才能に恵まれています。でも彼は貧しいのです。私は貴殿にこの《モラヴィア二重唱曲》についてご検討をしていただけるようにお願いします。」と記され、ブラームスは奨学金審査のために提出された作品の他にもドヴォルザークの創作をよく知っていた。
ドヴォルザークがブラームスと出会う以前に、彼がもっとも傾倒していたのはむしろワーグナーであった。彼の《交響曲第3番》作品10はワーグナーからの影響をよく示しており、同第4番作品13もワーグナーとの結びつきを示している。しかしブラームスの理解と支持を得たことでドヴォルザークの創作にも変化がみられるようになる。1875年に作曲された《交響曲第5番》作品76はまだワーグナーからの影響はみられるものの、作風の変化がみられる。そして1876年に作曲された《ピアノ協奏曲 ト短調》作品33には、動機の展開手法の点でブラームスからの影響を示している。1878年に作曲された《弦楽六重奏曲 イ長調》作品48はブラームスの2曲の弦楽六重奏曲を背景にしている。このジャンルを確立したのはブラームスで、それを受け継いだ最初の作品がイ長調のこの弦楽六重奏曲である。
ドヴォルザークは、最初はワーグナーの作品に魅せられたように、さまざまな音楽傾向に対して広く関心を持っていたが、そのなかでブラームスとの結びつきを通して、古典的なソナタ形式や対位法を深く学んだ点は重要で、彼のその後の室内楽や交響曲の創作にその成果が反映されるようになる。
次の段階の創作で注目されるのは、《交響曲第6番》作品60である。1880年の作曲で、第1楽章や第4楽章にブラームスの《交響曲第2番》からの影響がみられ、第3楽章がチェコ舞曲のフリアントであることも注目される。彼はこの作品の作曲の2年前に、ブラームスの紹介を得て、《スラヴ舞曲集 第1集》を作曲し、1879年にそれが刊行されたこともこの交響曲の創作に影響している。ブラームスはスラヴ地域の舞曲を愛好し、《ピアノ四重奏曲第1番》や同第2番のフィナーレでハンガリー舞曲を取り入れ、《クラリネット五重奏曲》の第2楽章にもハンガリーの民俗音楽の表現が用いられている。
ブラームスからの影響と離反
ブラームスの表現の影響は1883年に完成した《ピアノ三重奏曲第3番 ヘ短調》作品65において明らかである。この作品は、非常に構築的な作品で、緊張感あふれる作品展開は、1884-85年に作曲された《交響曲第7番 ニ短調》作品70と似た傾向を示している。その背景をなすのは、1883年のブラームス訪問である。ドヴォルザークは、ウィーンのブラームスの家で完成間近の《交響曲第3番》をブラームス自身のピアノ演奏で聞き、大きな衝撃を受けている。ドヴォルザークのこのピアノ三重奏曲はピアノの担う役割が非常に大きく、そのダイナミックな表現は、明らかに彼がブラームスの作品を研究したことを示している。
しかし、その後の彼の創作は大きな変化を示す。それを象徴するのが1891年完成の《ピアノ三重奏曲 第4番「ドゥムキー」》作品90である。それまでの創作におけるブラームスとの関連から自由になり、緩急が自在に交代するその表現は同第3番の緊張感とは対照的で、ボヘミアの自由な雰囲気を感じさせる。そして、1890年に初演された《交響曲第8番》作品88も、ブラームスの影響とは異なるスラヴの民謡的な表現と彼の持ち味である明朗さが良く発揮されている。ドヴォルザークは、ブラームスとの出会いとその影響を重要な土台としつつ、祖国ボヘミアの独自の表現への追求の中から、彼独自の個性的でコスモポリタン的な表現を確立したと言えるであろう。

●第743回定期演奏会
2026年7月18日(土) 18:00 サントリーホール
●新潟定期演奏会第147回
2026年7月19日(日) 17:00 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
ブラームス:交響曲 第3番 へ長調 op.90
ドヴォルザーク:交響曲 第7番 ニ短調 op.70