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エッセイ:ジョナサン・ノット&東京交響楽団のチャレンジとは/演奏会プログラムSymphony5月号掲載

公演に先駆けて、プログラム冊子5月号に掲載されるエッセイをWEBにて先行公開いたします。



Jonathan Nott



ジョナサン・ノット&東京交響楽団のチャレンジとは



辻 敏(東京交響楽団事務局長)



 ジョナサン・ノットと東京交響楽団の挑戦的な音楽の旅も、早くも9年目を迎えた。その挑戦は今でも斬新さを失わず、常に新しいアイデアに満ち溢れている。とは言っても、具体的にどんなことなのか―――。



 昨年2021年の10月に行われたモーツァルト:レクイエムを振り返って綴ってみたい。



 ラクリモーサにフィニッシー版を使用したことと、リゲティのルクス・エテルナを曲中に挿入したことは、皆様の目にも明らかで、勿論それ自体斬新であったが、実際はそれだけではない。また、ノット氏は、彼の長いキャリアの中で、はじめてこの曲を取り上げたことを、最初に記しておきたい。



モーツァルト:レクイエム



 夏のはじめにノット氏が唐突に送ってきたメールには、「トロンボーンに古楽器を使用できないか」と書かれていた。直ぐにトロンボーンパートと相談したが、古楽器のトロンボーンと言っても歴史的変遷によって形態も違う。「どんな音が欲しいのか」を尋ね、最終的に管自体が細めのドイツ製の楽器で統一した。管が細めになると、ダークな音色(ダーク=暗いではなく、柔らかい、木製の音と言ったイメージ)になる。それをノット氏流に言うと、音をストレッチするかの様に吹奏すると、ジャーマンスタイルのダークサウンドが生まれる。ノット氏からの最初の要求は、このトロンボーンを核とした音作りから始まった。



 更にトロンボーンパートに関して、かの有名なアルト・トロンボーンのソロの音型を書き換えた楽譜が送られてきた。16分音符が3つ以上連続して出てくることがない様に、彼の直筆で書き換えられているものだった。当時の楽器では、このソロは演奏が困難であった筈で、この方が当時の演奏に近いニュアンスが出せるのではないかと言うことだった。これに気付いた方が、果たして何人いらっしゃったのか……。当団が誇るトロンボーンパートは、全楽器をドイツ製で揃え、見事なサウンドを聞かせてくれた。(その前週の、ブルックナー「交響曲第4番」でも、トロンボーンパートは深く素晴らしいサウンドを響かせていたことも書き添えておきたい!)



 その次のリクエストがラクリモーサのフィニッシー版の使用だった。ソリストが入ることが最大の特徴であるフィニッシー版。では、何故ノット氏は、この版を使用したのかー。それは、ノット氏のモーツァルト観、特にこのモーツァルトのレクイエムの解釈の根本に由来する。このレクイエムは死者のための曲ではなくて、自分自身のために書かれたと言う解釈だ。1964年になって匿名の依頼者も、それを仲介する使者も明らかになってもいる。しかしながら、ダ・ポンテ宛の書簡に書かれた「これは私の死の歌です」と言う言葉に、モーツァルト自身の心の中の風景を垣間見ることは決して難しいことではない。



演奏会の様子



 元来ノット氏のモーツァルト観は、1984年に映画化された「アマデウス」に出てくるモーツァルト像に大変近い。その類い稀なる音楽の才能は大衆から称賛され、天真爛漫でありながら、一方で劇的に下品で礼儀知らずな人間性は他の作曲家から軽蔑を受けている。これはノット氏の指揮ぶりにも顕著に表れる。ハイドンでは縦の動きが多いのに対して、モーツァルトではもっと横の揺さぶるような動きが増える。そして、ノット氏が想像するレクイエムは、もっと生きたいと思う意志と、でも死からは逃れることは出来ない恐怖と諦観の中で書かれた、だからこそ、普通に想像・演奏されるレクイエムよりも遥かに劇的でオペラチックなのではなかろうか―――。



 この解釈からすると、フィニッシー版の使用も納得がいく。



リン



 そして、リゲティ作曲のルクス・エテルナの挿入が提案された。レクイエムのコンムニオ:ルクス・エテルナの後にリゲティのルクス・エテルナ(アカペラ曲)を挿入し、またラクリモーサの後と、リゲティの前にはリンを鳴らずと言うアイデアだ。正しくジョナサン・ノット流とでも言うべきアイデアで、時代も、宗教も、国境も越えて、聴衆の方々に新たに様々なことを想起していただこうといった狙いだ。これはノット氏就任のころから、多々見られる手法でもある。



 いざ練習が始まると、まだまだ出てくる。ある弦楽器奏者から「このボーイングは他の指揮者ではできない。これはもはやノット版。保管しておいた方が良い。」と言われた。簡単に言うと、通常では考えられないほど“変な”ボーイングなのだが、同時に音楽的にとても納得のいくものだったと言う。またテンポの設定も、オペラチックにということもあり、普通の多くの指揮者が取り上げているものとは大きく異なる部分が多い。



リハーサルの様子



 これ以外にも数えきれないほどの新しいアイデアを盛り込んでくるわけだが、有名な曲ほどスタンダードな解釈やテンポ、ボーイング等々による名演の録音物が数多く存在する。2,000人もの聴衆の前で演奏し、ジャーナリストやSNSによって評価が晒される演奏家稼業には、当然多くの賞賛とバッシングが常に表裏一体となって付き纏う。指揮者もオーケストラも、怖くて当然だと思う。ましてや、初めて指揮する曲でここまでやるには、相当の勉強・研究・経験に裏付けされた「勇気」が必要となる。



 さて今回はどんな世界が待っているのか。ノット氏の勤勉さに共感し、その熱量や精神的強さとともに、常にリスクテイクしながら、ノット&東京交響楽団の音楽的挑戦は続いている。



All Photos by T.Tairadate



チラシ チラシ



東京オペラシティシリーズ 第127回

2022年5月14日(土)14:00開演(13:15開場)

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名曲全集 第177回

2022年5月15日(日)14:00開演(13:15開場)

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オルガン=大木麻理



ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

デュサパン:オルガンとオーケストラの為の二重奏曲「WAVES」(日本初演)

ブラームス:交響曲 第3番 ヘ長調 op.90



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チラシ



第699回 定期演奏会

2022年5月21日(土)18:00開演(17:15開場)

サントリーホール



川崎定期演奏会 第87回

2022年5月22日(日)14:00開演(13:15開場)

ミューザ川崎シンフォニーホール



指揮=ジョナサン・ノット

ピアノ=ペーター・ヤブロンスキー

トランペット=澤田真人(東京交響楽団首席奏者)

バリトン=ジェームズ・アトキンソン

合唱=東響コーラス



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ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 op.35

ウォルトン:ベルシャザールの饗宴



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