企画制作担当が語る
ブーレーズのメモリアルって、どんな曲? | 東京オペラシティシリーズ第109回 特集

5月のオペラシティシリーズで取り上げる、ブーレーズのメモリアルってどんな曲なのでしょうか?

そもそもメモリアル(Memoriale)って、誰の思い出や追悼のために作曲したのでしょうか?
メモリアルの楽譜には前書きとして、今は亡きブーレーズ先生自らのお言葉が書かれています。

ピエール・ブーレーズ

「…爆発的―固定的…」は、私がストラヴィンスキーから受けた影響を反映している単なるメッセージではないと私は考えています。これは、ストラヴィンスキーがドビュッシーへの思い出のために、「管楽器のための交響曲」を作曲したことと、大変似ています。なぜなら「管楽器のための交響曲」は、音のカラーや形式、音楽のアイデアにおいて、ドビュッシーとは非常に異なっているからです。 「…爆発的―固定的…」も同様なのです。

私は1972年に最初の草稿を作成しました。この最初のマテリアルはかなり原始的でした。次のステップでは、もう少し練りこんでみました。私はそれぞれの楽器に非常に厳密な音域を割り当てました。それぞれの楽器は他の楽器とは独立して動きます。それは、いわば「…爆発的―固定的…」の「固定的」の側面と言えます。同時に、それぞれの楽器は相互に影響を及ぼし合い、固定された音域の限界を超えていきます。

私は1990年代に、「…爆発的―固定的…」に内在する二つの段階へ楽器編成を調整することによって、再びメモリアルを大きな編成へと拡大しました。しかし、私はこの曲を構成する実質的内容の質は変更していないので、このバージョンでも電子機器なしで演奏することができます。この調整は、とてもおとなしく控えめなものです。そして、「…爆発的―固定的…」の最終段階となっています。

(Universal Edition Workintroductionより)

ピエール・ブーレーズ

そう、メモリアルは、ブーレーズ先生がストラヴィンスキーの思い出に作曲した曲なのです。しかも、単なる「真似」ではなくて、ストラヴィンスキーを尊敬・研究しながらも、独自の理論と音楽語法で作り上げたということですね。ストラヴィンスキー自身もドビュッシーのために「管楽のための交響曲」を作曲しましたが、確かにドビュッシーとは全然違います。でも、ストラヴィンスキーは、ドビュッシーを尊敬し、さかのぼればバッハのようなバロックや古典派の作品までも多く編曲等しています。基礎を学んだうえでのオリジナリティってことです。

5月の東京オペラシティシリーズでは、このメモリアルを起点にして、ベートーヴェンまでさかのぼり、そして一方で、ヤン・ロビンという若いフランスの作曲家の衝撃的な新作に遭遇します。ヤン・ロビンは、確かなオリジナリティを持っているのか?歴史的な背景を学び、知った上での確信犯なのか?答えは、是非聴衆の皆様が直接演奏会に足を運んでいただいて、探してみて下さい!

そして、ノット監督自身、ブーレーズ先生とは切っても切れない縁だということもお忘れなく。なんせブーレーズ先生は、ノット氏が音楽監督を歴任した現代音楽集団、アンサンブル・アンテルコンタンポランの創設者であり、現代音楽研究所IRCAMの初代総長なのです。2012年には体調が思わしくなかったブーレーズの代役でシカゴ交響楽団を指揮したのもノット氏。このプログラミングはノット氏のブーレーズ先生への「メモリアル」でもあります。

「…爆発的―固定的…」って何のこと?

この曲には、「…爆発的―固定的…」という副題がついていますが、これは何のことでしょうか?

「シュールレアリズム」という言葉は耳にされたことがあると思います。「昨日の演劇は、すごくシュールな舞台だったね!」とか「シュールなギャグ」とか。直訳すると「超現実主義」という難しい日本語になりますが、思想・文学・美術・音楽から政治まで、現実を超えた視点から見てみようとするスタンスです。ピカソなども有名ですが、例えばダリの「記憶の固執」という絵は大変代表的です。3つの異なる時間を指す、柔らかくなった、実際にはあり得ない時計が描かれています。時空のひずみや、夢の中の様な、現在と過去の時間が入り乱れた状態を表現したといわれています。「溶ける」「柔らかい」などは崩壊するネガティブなイメージ、「硬い」「硬くなっていく」などはポジティブなイメージとされていて、第一次世界大戦直後のヨーロッパでは、深層心理の中での不安や欲望といった相反するものを、非現実的なモチーフを使って、同時に表現する動きが出てきました。深層心理の中で純粋で自由な連想に基づいた思考の表現。とても簡単に(乱暴に)まとめてしまいましたが、それが「シュールレアリズム」です。ちなみに、中央の得体の知れない溶けそうな物体は、ダリ自身を表わしているそうです。

そして、この「シュールレアリズム」を最初に唱えたのが、詩人のアンドレ・ブルトン(1896~1966)でした。このブルトンは、なかなか波乱万丈な人生を送るのですが、それはまた別の話として、彼が唱えたシュールレアリズム的な美の定義とも言うべきが、この言葉です。

痙攣的な美は、エロティックであると同時にヴェールに被われ、爆発的であると同時に静止の状態をつづけ、魔術的であると同時に状況的なものであろう。さもなくば存在しないであろう。

「しびれなきゃ、美とは言えないぜ」ってことでしょうか(笑)。そして、それぞれ相反する2つの要素を組み合わせた、その痙攣的美の3つの条件が、
①「エロティック=覆われた érotique-voilée」
②「爆発的=固定的 explosante-fixe」
③「魔術的=状況的 magique-circonstancielle」
というわけです。

この2つ目の条件、「爆発的=固定的」を音楽で表現しようとしたのが、ブーレーズ先生のメモリアルです。
それぞれの楽器に非常に限定された音域を設定し「固定」させておきながら、それぞれの楽器に独立した音の動きをさせ、それぞれに影響を及ぼさせることによって、「固定」された音域の限界を超える程の効果をもたらし「爆発」させる。うーん、さすがヨーロッパの芸術界において、インテリジェンスのかたまりと高く評価されているブーレーズ先生。着眼点や発想が半端なくぶっ飛んでいます。

ちなみに、ブルトンは「爆発的=固定的」の説明として、写真家マン・レイが撮影した写真を添えました。まさに写真に「固定」されたダンサーですが、今にも動き出しそうで、エネルギーを貯めこんでいるようにも見えます。

ブーレーズ先生のメモリアルを聴いて、シュールレアリズムの美に酔いしれ、しびれてみるのもまた一興。東京オペラシティコンサートホールで皆様のご来場をお待ちしております。

(文:事務局)

公演情報

  • 東京オペラシティシリーズ 第109回
    2019年5月18日(土)2:00p.m.
    東京オペラシティコンサートホール

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