お知らせ INFORMATION

日本初演から30年 今、再びの「悲歌のシンフォニー」|6/1 東京オペラシティ

media

2024.5.24

悲歌のシンフォニー

30年前の1994年、新星日本交響楽団とグレツキの交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」日本初演を担った沼尻竜典。当時のブームやグレツキと面会した際の思い出、作品から感じるメッセージについて話を伺った。

取材/文:高坂はる香(音楽ライター)

 

今再び「悲歌のシンフォニー」を取り上げたのはなぜでしょうか?

 紛争や対立により子を失う悲しみは、敵味方、国籍や宗教関係なく共通する心情です。世界のあちこちで理不尽な出来事が起きている中、「愛しい我が子はどこに行ってしまったのか」という悲しみを抱えて生きている方があちこちにいるでしょう。そんな今こそ、再びこの作品を取り上げたいと思いました。

 

30年前に初演されたときの思い出は?

 その頃、デイヴィッド・ジンマン指揮、ロンドン・シンフォニエッタの録音が世界的にブレイクし、日本でも多くの方が心を動かされ、社会現象といえるほどの大ブームになりました。当時の日本人は、予備知識が全くない状態でこの曲をFM放送などで聴き、引き込まれていきました。私が生まれた頃、ヴィヴァルディの「四季」ブームがありましたが、それに匹敵するくらいCDがたくさん売れました。

 国内でも多くのオーケストラが演奏会で取り上げ、新星日本交響楽団との日本初演を私が任されることになりました。話題作ということでチケットもよく売れましたし、各オーケストラの事務局、評論家、ジャーナリストなど、業界の関係者がほとんど皆いらしていた記憶があります。

 

初演を前に、グレツキさんにお会いになったそうですね。

 はい。ベルリンまで会いに行きました。私が優勝したブザンソン国際指揮者コンクールの審査員だったジョン・ネルソンさんがグレツキさんの友人で、グレツキさん、ネルソンご夫妻、私の4人で、コンツェルトハウスの横にあるヒルトンホテルで食事をする機会を設けてくださったのです。

 すでにこの作品は世界的にヒットしていましたが、グレツキさんはそれを意識している様子もなく、とても素朴で穏やかな方でした。作品について多くの示唆を受け、帰り際にはぎゅっとハグをしていただいたことを覚えています。

 作曲科出身の指揮者である私の脳内は、当時はまだどちらかというと“作曲家”でしたから、世界的に有名な曲を書いた作曲家と一緒に食事ができたことに大変興奮しました。結局、お会いできたのはそれ1度きりになってしまいましたが。

 

日本で演奏されることを喜んでいらっしゃいましたか?

 もちろん!当時、彼の名前は日本ではほとんど知られていませんでした。同年代の武満さんもそうですが、グレツキさんは年齢とともに作風を変えていった作曲家です。若い頃はいわゆる難解な現代音楽を書いていたけれど、晩年は調性を取り入れた、聴きやすく、宗教的な音楽を書くようになっていきました。わかりやすい作風になったことでより多くのファンがつき、ほかにも素敵な作品がたくさんあると知った方が多かったと思います。

 

グレツキさんは1933年ポーランド生まれですから、作品にも出てくる第二次世界大戦の頃のユダヤ人迫害の時代を実際に経験されているのですよね。

 生まれ年が私の父と同じなので、ご健在だったら今年91歳ですね。戦争の記憶もある世代です。ポーランドは長らく周辺国から支配された過去がありますが、そのような苦しみをもとにこういう作品が生まれたのでしょう。

 戦争によって引き起こされた深い悲しみを表現した作品に触れると、どちらの国が良い悪いということを超えて、戦争とは愚かな行為だと感じます。

(C) YUSUKE TAKAMURA

 

この作品は、どのように聴くとそのメッセージをより受け取ることができるでしょうか? わかりやすく盛り上がる感じではないけれど、気づいたら頂点に達している印象ですが、その魅力、聴きどころを教えてください。

 泣き叫ぶわけでも、爆撃の音を再現するわけでもなく、全体を祈りの感情が支配しています。深い祈りは、宗教宗派を超えて、人類共通のものです。だからこの作品は世界中で受け入れられたのだと思います。

 シンプルで、かつゆっくり曲が進んでいくので、それぞれの楽章が一つの孤を描くように演奏しなければなりません。テンポの設定も大事です。例えば途中で少しエキサイティングな部分があっても、指定のテンポから大きく外れないように注意を払います。

 第1楽章は低音のテーマに始まり、それをいろいろな楽器が奏でてゆくカノンのような形で音楽が広がります。純度の高い音楽で、だからこそ、難しいことを考える必要なく心に沁み入るのでしょう。

 ポーランド語にはなじみのない方が多いと思いますが、事前に訳詞を一度読んでおけば、音楽だけでもメッセージが伝わるように書かれているので、それに身を委ねているだけで十分だと思います。

 

ソリストには砂川涼子さんを迎えます。

 彼女は、「カルメン」のミカエラや「トゥーランドット」のリューなど儚げな役柄を得意としています。

 今回は、歌唱の位置をまだ考えているところです。指揮者の横に立っていただく通常配置か、オルガンの前に立っていただいて“天の声”のイメージに近づけるか…合わせやすさの問題もあるので、当日の会場練習で決めるつもりです。

 オペラを多く経験している東京交響楽団は、歌の入った作品で特に大きな力を発揮してくれる印象があるので、共演がとても楽しみです。

 今回の公演をきっかけに、またグレツキの再ブームが起きるといいですね。

 

チラシ

東京オペラシティシリーズ 第139回

2024年6月1日(土)14:00開演(13:30開場)
東京オペラシティコンサートホール

指揮=沼尻竜典
ピアノ=エリック・ルー
ソプラノ=砂川涼子

ショパン:ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 op.21
グレツキ:交響曲 第3番 op.36「悲歌のシンフォニー」

チケット購入  公演詳細