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エッセイ:ハンマー四方山話 ~ 打てば響く、叩けば鳴る、当たれば砕く/演奏会プログラムSymphony5月号掲載

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2023.4.26

公演に先駆けて、プログラム冊子3月号に掲載されるエッセイをWEBにて先行公開いたします。

ハンマー

ハンマー四方山話 ~ 打てば響く、叩けば鳴る、当たれば砕く

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

 聴いてびっくりする交響曲。かつてはハイドンの交響曲第94番「驚愕」がその代表作だったのかもしれない。第2楽章で静かに主題をくりかえした後、突然、ティンパニを伴う強奏で「ジャン!」。とても楽しい趣向だが、刺激に慣れすぎた現代人はもうだれもびっくりしない。

 ティンパニでは驚かなくても、大型ハンマーなら驚く。第4楽章でハンマーの打撃が2度(または3度)鳴らされるマーラーの交響曲第6番「悲劇的」こそが、現代の「びっくりシンフォニー」かもしれない。ドスンという鈍い衝撃音もさることながら、奏者がハンマーを振りかぶって打ち下ろすという視覚的なインパクトが尋常ではない。「そこで来る」とわかっていても驚いてしまう。ハンマーの音色が演奏ごとにさまざまであることも興味をかきたてる。

 オーケストラにハンマーを用いる。マーラーはどこからそんなアイディアを思いついたのだろうか。コンスタンティン・フローロスはその著書『マーラー 交響曲のすべて』で、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」に添えられたアレクサンダー・リッターの詩が着想源だと推定している。「死と変容」は先に音楽が書かれて、後からリッターが詩を書いたという珍しい交響詩だが、そこにこんな一節がある。

そして最後の一撃が鳴り響く
死の鉄槌により
肉体は引き裂かれ
死の夜が目を覆う

 なるほど、たしかにここには鉄のハンマーが登場する。だからといって、ハンマーを本当にオーケストラで使おうと思いつくかとなると、ありそうなような、なさそうなような……。

 もちろん、マーラーが「悲劇的」でイメージしたのは鉄ではなく木のハンマーだった。「非金属的な鈍い音(斧を下ろすような)」というのが作曲者の指定。これは一種の発明だと思う。だいたい、ハンマーといったら、最初に連想するのは鍛冶屋が使うような鉄製のハンマーではないだろうか。しかし鉄製ではあまりに重すぎて、打楽器奏者がひょいと振り上げるわけにはいかないかも。安全管理の面からいっても問題がありそうだ。

 オーケストラで最初にハンマーを用いた大作曲家はだれなのだろうか。最初に思いつくのはワーグナーの楽劇「ラインの黄金」だ。ハンマーが鉄床をリズミカルに打ち鳴らす。初演は1869年だが、曲は1854年に書きあげられている。だが、ヴェルディにもハンマーと鉄床が出てくるではないか。歌劇「トロヴァトーレ」の「アンヴィル・コーラス(鍛冶屋の合唱)」だ。こちらは1853年初演。意外と接戦だ。いや、待て待て。この種の趣向が得意そうな作曲家といえば、シュトラウス・ファミリーがいるではないか。ヨーゼフ・シュトラウスの「鍛冶屋のポルカ」でも鉄床が叩かれる。こちらはチン!という気の抜けた音で、マーラー的な世界観からは数万光年隔たっている。作曲は1869年。惜しくもワーグナーやヴェルディの後塵を拝している。

 金属音ではなく木のハンマーということであれば、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」で、ハンス・ザックスがベックメッサーの歌を採点する場面で叩いているのを思い出す。ともあれ、これらは金属音であれ非金属音であれ、ハンマーをハンマーそのものの表現として使っているのであって、マーラーのような観念的な意味づけは期待されていない。

 本当はハンマーにお世話になっているのは、オーケストラよりもピアニストだろう。音楽の世界でハンマーと言われてまっさきに思い出されるのは、ピアノの内部で弦を打つ部分のこと。「ハンマークラヴィーア」とか「ハンマーフリューゲル」という呼称にはハンマー感が残っていたが、「ピアノ」と呼んでしまうともはやハンマー感が薄い。でも内部にはたくさんのハンマーが並んでいる。チェンバロ時代は弦をはじく撥弦楽器だったが、ハンマーが弦を打つ機構が発明されて、鍵盤楽器は打弦楽器に変貌した。ピアノ曲は最初からおしまいまでハンマーの連打がずっと続いているとも言える。

 隠されたハンマーもある。ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」だ。冒頭の「ジャジャジャジャーン!」がそれ。おっと、誤解しないでほしい。シンドラーが言った「運命はこう扉を叩く」という話ではない。扉をハンマーでドンドンと叩いていたらホラー映画である。ピアノ教本でおなじみ、ベートーヴェンの弟子ツェルニーはこの「運命の動機」をキアオジという鳥の鳴き声に由来すると言っている。キアオジは日本にはほぼ生息していないが、ヨーロッパでは一般的な野鳥で、たしかに「ツィツィツィツィ、↓ツィーーー」と「運命の動機」みたいにさえずるのだ。気になってあるときキアオジについて調べてみると、こんな記述に出会った。

 「キアオジの英名はイエローハンマー。ハンマーで叩くようなリズムで鳴きます」

以来、自分のなかで「運命」はハンマー名曲の仲間入りを果たすことになった。

 

5月定期 名曲

第710回 定期演奏会
2023年5月20日(土)18:00開演(17:15開場)
サントリーホール

名曲全集 第187回
2023年5月21日(日)14:00開演(13:15開場)
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮=ジョナサン・ノット

リゲティ:ムジカ・リチェルカータ 第2番(ピアノソロ=小埜寺美樹)
マーラー:交響曲 第6番 イ短調 「悲劇的」
※本公演には休憩がございません。

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