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エッセイ:NOTTISSIMO! ~ノットと東響の旅路、未体験ゾーンへ/演奏会プログラムSymphony3月号掲載

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2023.3.3

公演に先駆けて、プログラム冊子3月号に掲載されるエッセイをWEBにて先行公開いたします。

NOTTISSIMO!

NOTTISSIMO! ノットと東響の旅路、未体験ゾーンへ

江藤光紀(音楽評論)

 ジョナサン・ノットは2014年に東京交響楽団の音楽監督に就任したが、そのわずか1年後には10年間の任期延長を発表した。期間の長さも異例だったが、当時それ以上に驚いたのは、50代になったばかりのノットが、人生で最も仕事盛りの時期を東響と過ごす決断を下したことだった。当時はバンベルク響での首席の仕事が10年以上にわたっていたので、次を探すタイミングではあったが、より格上のヨーロッパの楽団だろうというのが大方の見立てではなかったか。地理的にも離れた日本のオケという決断は、東響のポテンシャルを余程高く買い、ここでならいい仕事ができるとの確信がなければ下せなかったはずだ。

 さて、彼らの10年目のシーズンの幕開けを目前にして、ノットの決断が東響に、そのファンに、ひいては日本の音楽界に、どれだけ豊かな実りをもたらしてきたかを私たちは知っている。ベーシックなレパートリーは言わずもがな、ブルックナーやマーラーといったオケの底力を試される演目でも高いパフォーマンスを発揮、近現代以降の作品も積極的に開拓してきた。考え抜かれたプログラミングを通じても、新しい音楽体験を味わうことができた。さらにコロナ禍ではいち早く来日した指揮者の一人として、私たちの沈みがちな気持ちを鼓舞してくれたのも忘れられない。

 そんな経緯を経て、東響との呼吸も最近は信じがたい練度に達している。ノットはこのオーケストラを、イギリスの設計者、ドイツ製のエンジン、日本人のドライバーという組み合わせでル・マンを優勝したレーシングカーになぞらえているが、オーケストラという大集団がノットの一挙一動に瞬時に反応して作り上げる音楽は、なるほど熟練ドライバーが意のままに操縦する高性能マシンの豪快かつ繊細な動きを思わせる。こうした経緯を踏まえれば、「NOTTからNOTTISSIMOへ」という今シーズンの大胆なモットーも、「東響との旅路がノット自身にとっても未体験ゾーンへと入ってきたのだ」と解釈できるのではないか。そんなわけで、今回もこれまでに培ってきたツボをしっかり押さえたラインナップを並べつつ、よりハイレベルな演奏が期待できそうだ。

ラインナップ

 昨年よりスタートしたR.シュトラウスのオペラ・シリーズでは、第二弾として「エレクトラ」(5月)が登場。第一弾となった「サロメ」は最高水準の歌手を揃え絶賛を博したが、今回もタイトル役のクリスティーン・ガーキーをはじめ旬の歌手で固め、演奏会形式とは言え演出もつき(サー・トーマス・アレン)、シーズン開始早々から名演必須の模様。

作品の輪郭をシャープに描き出すブルックナーやマーラーも恒例となっているが、今年はマーラーからは交響曲第6番「悲劇的」(5月)が、さらにブルックナーは取り上げられる機会の少ない第1番(10月)と初期作品に踏み込む。

面白いのはこうした大編成の曲に、どちらも今年生誕100年を迎えるリゲティのソロ作品(「ムジカ・リチェルカータ第2番」はピアノ・ソロ、「ハンガリアン・ロック」はチェンバロ・ソロ)を組み合わせている点だ。聴き手に斬新な音響体験を提供するリゲティの創造を通じて、古典も創作当初は現代音楽であったのだという事実に気づかされ、耳が洗われるはずだ。ノットがこの作曲家のスペシャリストであることは、東響ファンなら百も承知だろうが、11月にはオーケストラ作品「アパリシオン」を取り上げる。チェロセクションをフィーチャーしたブーレーズの「メサジェスキス」を組み合わせているのも注目。

 10月にはヤナーチェクの大作「グラゴル・ミサ」と共に、ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」からノット自身が編曲した交響組曲がお披露目される。サスペンス的な要素をとりこんだ革新的なオペラだが、残念ながら日本では上演の機会が限られているので、意義深い取り組みだ。

王道ベートーヴェンの交響曲をノットは昨年の2番で全曲制覇したが、これはまさに以心伝心の名演であった。今年は恒例となった年末の第九の他にも、ドイツの名匠オピッツをソリストに招きピアノ協奏曲第2番と「皇帝」、そして「田園」を取り上げる(11月)。NOTTISSIMOな演奏で新しい風景を見せてくれることを期待。

ノット以外にも国内・国外から充実した指揮者陣を招聘する。4月には、かつて首席客演を務めたクシシュトフ・ウルバンスキが、母国ポーランドの作曲家シマノフスキの隠れ名作「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」でシーズンの幕開けを飾る。

演奏会写真

年末年始にはかつての音楽監督が相次いで登場。気品のある音楽作りが身上のユベール・スダーンは、シューマン、ブラームスのロマン派プロで(12月)。秋山和慶はノットと第九を振り分けるほか、「新世界」で新年を寿ぐ(1月)。さらに3月には一昨年、正指揮者に就任した原田慶太楼が藤倉大の作品などを振る。1月と3月には共にラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が挙がっているが、小山実稚恵とオルガ・カーンという二人のピアニスト聞き比べも面白そう。

日本人指揮者では他に大ベテラン・井上道義(6月)、八面六臂の活躍ぶりを見せる鈴木優人(8月)がタクトを取る。先日、自伝的オペラを発表した井上は、今回は自作の交響詩を披露。また期待の大型新人・上野通明によるエルガー「チェロ協奏曲」にも大注目だ。一方の鈴木はメンデルスゾーンの交響曲を二曲(第5番と第2番)並べた。

外国人指揮者は中堅-若手を意欲的に起用。ミケーレ・マリオッティ(6月)はボローニャの歌劇場を率いていたが、昨シーズンからはいよいよ首都ローマの歌劇場の音楽監督に就任。出世街道を驀進中だ。オランダ国立歌劇場の首席を務めるロレンツォ・ヴィオッティ(9月)は、これまでにもたびたび東響を振っているから聴かれた方も多いはず。急逝したマルチェロ・ヴィオッティを父親に持つサラブレットだが、その才能の煌めきは父を越えるかも。まだ20代前半というアンガス・ウェブスター(9月)は、サロネンが推す新人で、日本でも評判が急速に広がってきたようだ。東響では昨年登場の予定が入国制限にかかかり、今回ようやくお披露目となる。

紙幅の都合でソリストの詳細にまでは触れられなかったが、一つ一つの公演に、人選や曲目などアピールが隠れている。ぴんときたらぜひ足を運び、ご自身の耳で確かめてほしい。

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