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エッセイ:目利きと相乗効果 選曲でも魅せるブランギエ/演奏会プログラムSymphony4月号掲載

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2022.4.6

4月に2年半ぶりに来日し、川崎定期演奏会と東京オペラシティシリーズの指揮をとるリオネル・ブランギエ。公演に先駆けて、プログラム冊子に掲載されるエッセイをWEBにて先行公開いたします。

 

ブランギエⒸN.Ikegami

目利きと相乗効果 選曲でも魅せるブランギエ

奥田佳道(音楽評論家) 

 

 東京交響楽団には、次代を担う才能や鬼才を見抜く「目利き」がいる。東響それ自体が「目利き」だ。

 間違いない。偶然と言う名のラッキーも緻密な交渉を重ねた上でのサプライズもあったことだろうが、1990年代の半ば、スウェーデン第3の都市マルメや英バーミンガム、ロンドンに名乗りを上げたばかりのパーヴォ・ヤルヴィに最初に声をかけたのは東響だ。

 今年暮れに還暦を寿ぐパーヴォは、東響定期デビュー時、30代前半だった。少々荒武者的なところもあったダニエル・オーレン、昨年還暦のニコラ・ルイゾッティとも交歓した。ルイゾッティとは昨秋、サントリーホールでのホール・オペラ®「ラ・トラヴィアータ」で久しぶりに共演、客席を大いに沸かせた。妖しくも烈しいリズム感を誇るクシシュトフ・ウルバンスキにも2013年から2016年まで首席客演指揮者のタイトルを授けた。初共演は2009年の晩秋だった。昨年11月のシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番(弓新と共演)とオルフの気宇壮大なカンタータ「カルミナ・ブラーナ」は記憶に新しい。

 父マルチェロの良さとは全く異なる良さをもつロレンツォ・ヴィオッティを招き、最初に驚くべき成果を挙げたのも東響である。チューリヒ歌劇場でも素晴らしい仕事をしたヴィオッティは一昨年、ベルリン・フィルにマーラーの交響曲第3番でデビューした。マーラーの3番と言えば、エサ=ペッカ・サロネンの人生を変え、彼に飛躍をもたらした大曲である。早39年前の出来事、すでに音楽史のひとコマと言える。そのサロネンのもとから羽ばたいた逸材が、本稿の主役である。少し急がねば。

ブランギエ2019年9月21日「第673回 定期演奏会」で初共演を果たしたリオネル・ブランギエ。ⒸN.Ikegami

 音楽監督ジョナサン・ノットとのコンサートでは、しばしば”Take a risk”が合言葉になる。さらに、まだ、もっと。刺激的な旅が続く。東響という目利きも、勢いのある指揮者招聘に際し、リスクをいとわない。名曲に甘えず、招聘したマエストロの歩み、今、これからを映し出す選曲を実現させる。

 パリ音楽院でチェロを名伯楽フィリップ・ミュレールに、指揮をコンテンポラリー音楽の匠ジョルト・ナジに学び、サロネン時代のロスアンジェルス・フィルで頭角を現したフランス人指揮者リオネル・ブランギエが初めて東京交響楽団の指揮台に立ったのは2019年9月。メインは多彩なパーカッションやハープ、ピアノを交えたプロコフィエフの交響曲第4番(1947年改訂版)だった。

 33歳の誕生日直前のタクト。鮮烈な楽の音の粒子が飛び交いながらも、そこに得も言われぬスケール感があった、様式美すら浮かぶ演奏だった、とは誉め言葉が評論家的過ぎるか。

 管弦打楽器の「響宴」も聴き手を熱くする近代の大編成交響曲。明晰なハーモニーも諧謔味も際立つ。覚えのある若手指揮者ならば、トライしてみたい音楽のひとつだろう。会得した自慢のバトンテクニックやソルフェージュ能力は示せるし、その上、この種のレパートリーに目がないマニアやメディアの賛同も得やすい。

 俊英ブランギエは芸術的な覇気を存分に披露するも、俺が俺がと主情を誇示しなかった。喝采を博しやすい表層的なパフォーマンスにも走らなかった。音楽の息づかい、句読点に関してはかくあらねば的な解釈を掲げていたが、オーケストラとの意思疎通が巧みなのだろう、こだわりの理論理屈が独り歩きしない。眼前のオーケストラの個性を見極めつつ好みの直截的な音彩を創る。ただものではなかった。ただその時にこうも思った。この人は音楽的なコミュニケーション能力が高いとは言え、共演するオーケストラを選ぶだろう、と。

ブランギエⒸSimon Pauly

 東響の目利きの「回想録」によれば、2019年9月の初共演に至るまで7年の歳月を要したという。信念をもって音楽に尽くすマエストロは好まない言葉だろうが、今どきの指揮者、売れっ子だった。

 リオネル・ブランギエは、時代を映し出す「舞踏」「協奏」「交響」曲を巧みに組みあわせたプログラミングで魅せる。創造の喜びを分かち合う指揮者ならば、選曲に凝るのは当たり前である。しかしブランギエはそこに自らの音楽人生を添え、プロフェッショナルな信頼関係で結ばれたソリストを招く。

 螺旋を意味するエサ=ペッカ・サロネンの「ヘリックス/ヒリックス」はサロネン自身もコンサートの最初に好んで指揮する9分ほどの巧緻なオーケストラ・ナンバーだが、ブランギエにとっては自分を高みに導いた恩人の調べでもある。「舞踏」も才人ブランギエをブランギエたらしめるキーワードで、近年ストラヴィンスキーの「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」をここぞという場面で披露。そこにリヒャルト・シュトラウス、ラヴェル、バルトーク、コダーイ、ルトスワフスキの「舞踏」「協奏」曲を組み合わせる。ラヴェルは管弦楽作品全集も制作した。今回指揮する4曲は、ノット監督も嬉々とした表情で指揮しそうな作品ばかりだが、ブランギエにとって大切で特別なラインナップなのだ。

 ラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」は「ラ・ヴァルス」と合わせ技で披露されることもあるが、ストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲やリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」組曲が、とてもあう。

ブランギエブラームスのヴァイオリン協奏曲とプロコフィエフの第4番というプログラミングで聴衆を惹きつけた。2019年9月21日第673回 定期演奏会よりⒸN.Ikegami

 実はブランギエは2020年9月に東京交響楽団に客演し、昨年は東京二期会のオペラ「魔笛」(読響)も指揮することになっていた。幻となった一昨年の東響とのプログラムがまたブランギエ祭りだった。コダーイの管弦楽のための協奏曲、アリーナ・イブラギモヴァとのショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番、それにバルトークの管弦楽のための協奏曲。オーケストラのソリストたちも主役を演じる20世紀名曲選だ。マエストロも目利きもこの3曲を忘れていないはずである。

 2014年、20代でチューリヒ・トーンハレ管弦楽団のシェフに抜擢され、2018年に同ポストを離任後は、故郷ニースを拠点にフランス、ドイツ、ベルギー、アメリカ、カナダ、それに韓国のオーケストラやオペラと交歓してきた。パリでアシスタントの仕事に就き、ブザンソン国際青年指揮者コンクールで優勝したのが2005年、その4年前にフランス国立ロワール管弦楽団の指揮台に立ったのが指揮者デビューか。チェリストとしても活動した。

 今年9月で36歳。指揮者としては、という古典的な言い回しで恐縮だが、まだ36だ。オーケストラとともに高みを目指すリオネル・ブランギエは、それゆえにオーケストラを選ぶタイプだが、音楽の喜びをシェアする東京交響楽団とは相性がいいのではないか。

 常連のゲストになって欲しいものである。

 

チラシ

東京オペラシティシリーズ 第126回
2022年4月23日(土)14:00開演(13:15開場)
オペラシティコンサートホール

川崎定期演奏会 第85回
2022年4月24日(日)14:00開演(13:15開場)
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮=リオネル・ブランギエ
ピアノ=リーズ・ドゥ・ラ・サール

サロネン:ヘリックス
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ
ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」(1919年版)

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