楽団について ABOUT TSO

オーボエ

Oboe

最上 峰行
Takayuki Mogami

入団年:2009年
出身地:福島県南相馬市原町区

オーボエを鈴木繁、似鳥健彦、蠣崎耕三、宮本文昭各氏等に師事。 宮城県仙台第一高等学校を中退後、大検を取得し、桐朋学園大学音楽学部入学。 NHK・毎日新聞社共催「第69回日本音楽コンクール・オーボエ部門」第3位入賞。小澤征爾音楽塾、サイトウキネンオーケストラ、宮崎国際音楽祭等に参加。 これまでに国内主要オーケストラにゲスト首席奏者として多数客演する他、ソリストとしてプラハ国立劇場管弦楽団、セントラル愛知交響楽団、等と共演。またレコーディングアーティストとして数々のミュージシャンの作品、ドラマ、映画等の録音に多数参加。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師。クインテット・アッシュ、 ARCUS、 ズーラシアンフィルハーモニー管弦楽団、各メンバー。

Q&A

  • 初めて好きになった曲は? ジョン・ウィリアムズ:《オリンピック・ファンファーレ&テーマ》
    (ロサンゼルス五輪)
  • 最近ちょっとハマっていること 心理学、身体トレーニング。
  • 本番前はどんなふうに過ごしていますか? 楽屋トークを楽しんだり、ゲネプロの録音を確認したりしています。
  • ドヴォルザークで好きな作品は? セカンド・オーボエ奏者の立場ですと、ドヴォルザークはとてもシビアな曲が多いので、なかなか好きになれません!
最上 峰行

インタビュー

オリンピック・ファンファーレ!
 「なんだ、このかっこいい音楽は!」
 小学生の頃にロス五輪開会式の中継で聴いたファンファーレの衝撃は今でも忘れられません。それから音楽に興味を持ち、学校の金管バンドでトランペットを始めました。
 その後トロンボーンやテューバを経験し、オーボエと出会ったのは中学2年生。吹奏楽部の顧問の先生にオーボエ転向を打診されて始める事に。当時はオーボエがある中学校は少なかったですね。難しいといわれているオーボエでしたが、ソロが多くメロディーを吹ける事に当時は魅力を感じましたし、練習はいつもフルートパートと一緒でした。当時好きだった子がフルートにいたのでそれはもう上達は早かったと思いますよ(笑)

最上 峰行

ヒゲとサスペンダーの思い出
 仙台の進学校に入学したものの挫折を味わい中退し、ガソリンスタンドや飲食店、アパレル店などでアルバイトをしていました。でもオーボエだけは辞めずに練習していました。 そんな時「時々お店で吹いてみるか?」と声をかけて頂き、バーで演奏できる事に。自分で伴奏音源を打ち込み、それをバックにソロ演奏。「若いからなめられないように」とマスターに言われ、ヒゲも伸ばし始めました。それが自分のプロ活動の原点な気がして、以来ヒゲは剃った事がありません。東京に出てくる時、お店の送別会でスタッフ全員からサスペンダーをプレゼントしてもらったのですが、初めて燕尾服につけて演奏した時はなんとも言えない気持ちになりました。
20年以上経ちもう古くなっていますが、今もステージで愛用しています。

オーケストラの魅力
 入団以来セカンド・オーボエを多く吹いていますが、このポジションは柔軟性や人間力が試されるような気がしています。例えばオーボエは音が低くなるほど音量が増すのですが、その特徴を抑える事が求められます。そして首席奏者や周りの音楽の中で自分がどこにいるべきなのか、全てに対して愛情を持ち反応していかないといけません。だからこそ上手くいかない時は「自分の人間力が未熟なんだ」と痛感します(笑)。それぞれが人生を背負いステージで一緒に音を出す。勢いがある若い人達、経験豊富なベテランの人達が一緒に一つの音楽を作りあげる――オーケストラは何とも魅力的です。様々な考え方の音楽家が集まっている一つの社会の中で、自分がどう演奏し、存在していくか。まだまだ勉強していかなければと思っています。



このインタビューは演奏会プログラム「Symphony」2016年11月号に掲載されたものです。現在と情報が異なる場合がございます。

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