楽団について ABOUT TSO

ティンパニ&打楽器

Timpani & Percussion

清水 太
Futoshi Shimizu

首席奏者
Principal

入団年:2017年
出身地:東京都多摩市

東京交響楽団首席ティンパニ・打楽器奏者。
12歳より音楽家人生を打楽器と共に歩み始める。16歳の時に百瀬和紀氏の門を叩き、国立音楽大学卒業。R.Seegers氏のマスタークラスを介しドイツ国立ハノーファー音楽大学に留学しE・Trog氏の元で学ぶ。その後ドイツ国立ロストック音楽大学に籍を移し卒業。
D.Barenboim氏が音楽監督を務めるベルリン国立歌劇場のオーケストラアカデミー打楽器科、翌年に同アカデミーのティンパニ科に第1号として合格し、2年にわたりシュターツカペレ・ベルリンの準メンバーのティンパニストとして研鑽を積む。マーラー・ツィクルスに2ndティンパニとして参加。アカデミー・コンサートにソリストとして出演。
ハノーファー・ニーダーザクセン国立歌劇場にて首席ティンパニ奏者の契約団員、群馬交響楽団ティンパニ打楽器・第一奏者を務める。
その他ゲスト・ティンパニストとしてNHK交響楽団、読売日本交響楽団、バイエルン国立歌劇場、ベルリン・コーミッシュ・オーパー、ハンブルク・フィル等、国内外の主要オーケストラに客演。
宮崎国際音楽祭、草津国際音楽アカデミー、クラシカル・プレイヤーズ東京にティンパニストとして参加。

清水 太

インタビュー

学生時代は「とにかくたくさん聴く」
 中学生の頃にトロンボーンを希望し吹奏楽部に入部したものの、落選して打楽器に。楽器ときちんと向き合うようになったのは高校に入ってからでした。当時は「いい演奏」が何なのか分からず、音楽の先生の「本物を聴き続けることで力がつくから、吹奏楽だけでなくオーケストラを聴くべき。」との助言から、クラシック音楽を聴くようになりました。はじめて買ったCDはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。最初は3分で飽きてしまう状態でしたが、聴き続けるうちに音楽が「分かる」感覚が理解できるようになり、どんどん楽しくなっていきました。最終的にはお小遣いの殆どをCDに充てるほど……なので、大学に入って初めて図書館に足を踏み入れた時には「宝の山だ!」と思いました。

清水 太
留学時代にベルリンフィルハーモニーホール
舞台裏にて、Erich Trog先生と。

ドイツへの留学
 西洋音楽の本場で学びたいという気持ちから、22歳からドイツに留学しました。ヨーロッパは空気、建物、人の身体の構造も全く違います。そこで、ヨーロッパ人のものを日本人としてどのように取り入れるか、自分自身の骨格を意識した研究をしていきました。古武術にはじまり、飛脚の動き、日本食、さらには日本文化論まで、様々な視点から試しました。
 ベルリン国立歌劇場のオーケストラアカデミー在籍時には、リハーサル中に首席のティンパニストが休憩に出たまま戻らず演奏が再開してしまったことがありました。当時私は打楽器科で、アカデミーでティンパニを担当したことは一度もなかったのですが、このままでは大変だと思い演奏中にティンパニに移動、「もうクビになったらそれまでだ!」と思い切って叩きました。すると音楽監督のバレンボイム氏が指揮を止めたんです。クビだ、と思いました(笑)。ですがこの事がきっかけでバレンボイム氏から次年度のティンパニ科に推薦していただくことが出来ました。度胸も大切だと知った出来事でした。

ノット監督との音楽
 留学中からバンベルク響の活躍をよく耳にしていました。不思議と気になった首席指揮者、ジョナサン・ノット氏が、東響の音楽監督に就任したと聞き、なんて素晴らしいニュースだろうと思いました。そして今、その奇跡のような音楽を共にできるという人生最大の幸運に、感謝の気持ちでいっぱいです。
 7月の定期演奏会は、私が最も楽しみにしているプログラムの一つです。ティンパニは死のモチーフに用いられることがよくあるのですが、《死と変容》はまさにその代表的な作品です。「生と死」をテーマとして1つの大きなストーリーを作り上げる、まさに東響・ノットプログラミングの真骨頂。東響の歴史に刻まれるであろうこの演奏会を、より多くの方々と共有できることを楽しみにしています。



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