楽団について ABOUT TSO

ホルン

Horn

曽根 敦子
Atsuko Sone

入団年:1981年
出身地:東京都北区

東京生まれ。中学よりホルンを始め、埼玉県浦和市立高校から武蔵野音楽大学に進む。同卒業演奏会に出演。ホルンを、田中正大、H.ブラーデル、和田治夫の各氏に師事。
大学卒業と同時に東京交響楽団に入団し現在に至る。日本のオーケストラ初の女性金管楽器奏者。
故近衛秀健氏もメンバーの、東京交響楽団メンバーによる木管五重奏『ぐるーぷ六歌仙』で活躍。
オーケストラをはじめ、トウキョウ・モーツァルト・プレーヤーズ、茂木オケ(N響オーボエ奏者 茂木大輔指揮)等にも数々出演。
演奏活動の他、アマチュアオケや大学オケ、吹奏楽等 後進の指導にも当たっている。
東海大学教養学部講師。

Q&A

  • 初めて好きになった曲は? バダジェフスカ:《乙女の祈り》
    幼稚園のときに先生が弾いてくださった曲です
  • 最近ちょっとハマっていること 吹いている時の腹筋の使い方を今更ながら見直しています
  • 本番前はどんなふうに過ごしていますか? 食事やお茶(本番中にお腹が鳴らない程度に、また本番後に美味しいビールが飲めるように)
  • ショスタコーヴィチで好きな作品は? 《祝典序曲》 中学生のときに、一般の吹奏楽団で演奏して好きになりました。
曽根 敦子

インタビュー

中学の合同練習での出会い
 私が吹奏楽部でホルンを吹き始めた頃、浦和市(現在のさいたま市)内の中学校では、月に一度 吹奏楽部の合同練習が行われていました。そこで出会ったのがひとつ年上のトロンボーンの荻野昇さん。将来一緒のオーケストラで吹くことになるとは当時の私は知る由もありません。

金管奏者に女性は少ない?
 私が音大に進もうかと考え、高校の部活の先輩に相談したところ、「女がホルンで音大を受ける?! 受かるわけないよ」。今の時代ではとても信じられない言葉ですが、この悔しい一言が私のやる気に火を点けてくれました。音大に入ってみると確かに周りの金管楽器は男性ばかり。それでも、3年生になったあたりから色々と演奏の仕事をいただけるようになって楽しくなってきた私は、卒業前にオーディションを受けることを決めました。そうして私が東京交響楽団に入団した頃、中学生の時に浦和市の合同練習で一緒だったトロンボーン奏者・宮下宣子さんも新日本フィルへ入り、この世代から徐々に女性の金管楽器奏者が増えていくことになります。
 ホルンの恩師に入団を報告した際に、「これから先、金管楽器を学ぶ女性たちはきっとお前の背中を見て進むだろうから、プロになったからには何があっても定年まで絶対吹き続けなさい」と言われた言葉が、今の私の大きな支えになっています。

曽根 敦子
鈴木優さん(右)と
ドルトムント・フィルの岡本祝子さん(左)と

そして東京交響楽団へ
 入団当初は、次から次へと新しい曲をこなさなくてはならないので毎日必死でした。それでも、アルヴィド・ヤンソンスさんが指揮するチャイコフスキーの《ロミオとジュリエット》や、朝比奈隆さんの重厚なブルックナーに心を揺さぶられ、さらに山田一雄さんや森正さんといった名指揮者との共演の中で音楽というものを学んでいきました。
 それから数十年が経ちますが、ホルンのいわゆる“下吹き”は目立たない仕事、しかし特に周りをよく聴き、“上吹き”を支える重要なポストです。その意味でも気持ちに余裕が出てきた今が一番面白い。ノット監督の指揮で演奏したワーグナーの《ジークフリート牧歌》やモーツァルトの《交響曲 第25番》ではアンサンブルの醍醐味に酔いしれました。
 そして2015年、このお酒好きのホルンセクションに鈴木優さんが入団しました。東京交響楽団では私以来の女性ホルン奏者ということもあり、昔の自分を見ているようで何だか妙に感慨深いこの頃です。



このインタビューは演奏会プログラム「Symphony」2017年3月号に掲載されたものです。現在と情報が異なる場合がございます。

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